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妄想のお話です。実在の御方々とは何ら関係ありません。BのLもOKの方、よろしければお付き合いください。
♡= side O ♠︎= side S
♡
「シャガールって聞いて、真っ先に智の顔が浮かんだんだ。受けてくれるだろ?」
松本が持ってきたのは、舞台美術の仕事だった。
シャガールを題材にしたミュージカルで、再来年オフ・ブロードウェイでの上演が決まったらしい。
公式な発表はまだだが、オレも噂では耳にしていて、日程が合えば翔とでも見に行こうと思っていた。
「返事は、いつまで?」
「すぐにでも。クリスマス前にはニューヨークに来てもらわないと」
「クリスマスに仕事なんかしないだろ」
「だから、それまでに契約を固めておきたいんだよ」
「いつ、帰れる?」
「帰る必要なんてないだろ。ニューヨークにいたって、絵は描ける。あんたの “ベラ ” だって、喜んでついてくるはずさ」
「…相談しないと、1人じゃ決められない」
翔には、東京での生活がある。
それに、『オレについて来い』 なんて言ったところで、返事はNOだろう。
翔の勝気な性格は、よく分かっている。
「こんなチャンス、断るバカは、いないと思うけどね。ベラだって、ついてこないまでも、理解はするだろ。なんたって、あんたが惚れた相手だ」
「…置いてけって言うのか」
「あんたには、あんたの人生があるんだよ。智、分かってるだろ?」
「“ベラ ” だぞ? 置いてなんかいけない」 離れるなんて、オレが、無理だ。
「なら、説得するんだな。極寒のニューヨークは、全く魅力的じゃないけどね、あはは」
—
松本は階下に降りると、オレの絵を見て「あんた、本当に変わったのな」 と、しみじみ呟いた。
「言ったろ」
「いいね、この青。 俺、あんたに惚れそうだよ」
「ふざけるな」
「…“本気 ” だって言ったら?」
「ほざいてろ」
「ひどい」 整った顔を、わざとらしく歪めて、拗ねている。
松本との付き合いは、ただの腐れ縁だ。
2人の間には、愛なんてものは存在しない。
「…“惚れたら終わり ” っつたのは、お前だろうが」
最初から、そういう付き合いだった。
「…惚れたかも」
ニヤリと不敵に笑う顔も、魅力的ではあるが、翔のように胸がときめくことはない。
「まじで、いい加減に、しろよ」
「あはは、分かったよ。あんた、怒らせると恐いしな」
—–
♠︎
最初から、分かっていた。
智が見ている世界を、俺は見ることができない。
それが叶うのは、ごく一部の、あの綺麗な顔をした男のような、智の芸術を真に理解する、あの紳士のような、人たちなんだろうと思う。
「大野さん、まあどうぞ、入って」
門のロック解除ボタンを押そうとした母さんの手を止める。
「俺が、出るよ」
コートを羽織り、表へ出た。
智を家に入れるつもりはない。
いつものハイヤーが、玄関先に止まっている。
大方、相葉にでも実家の住所を聞いたのだろう。
「…翔、話がある」
「悪いけど、今は話したくない」
「いつならいい?」
「分からない」
「翔、さっきのは、」
「いいんだ。やっぱり、俺ら、」
「…なに」
「…一緒にいるべきじゃないのかも」
「なんだよ、それ」
「…帰って、くれる?」
「翔…、」
戸惑うような顔を見ていられずに、目を逸らした。
1人になって考えたかったが、考えなくても、答えは出ている。
俺は、それを認めたくないだけだ。
智の手が俺の肩に触れるのを、咄嗟に振り払った。
俺はあの男には、なれない。
「帰って」
俺はそう言い捨てると、智の顔を見ずに家へ入った。
「翔ちゃん? 大野さんに上がってもらわなくて、いいの?」
「もう帰ったよ」
—
♡
『なんですか、』
二宮の低い声は、電話越しだと余計に迫力が増す。
「そっちは、問題ないかなぁと思って」
『…ありませんよ。あんた、小瀧様を使うなんて卑怯だぞ』
「爺さんがいいって言ったもん」
ゲストの対応は、爺さんに任せてきた。
と言っても、閉場時間まで残り1時間を切っていたし、事情を説明したら、爺さんは二つ返事で快諾してくれた。
『“もん ” じゃないよ。いつまで甘えてるんですか』
「オレは、経営からは離れたの。画家がパトロンに頼るのは、勝手だろ」
『なんて言い草だよ…。それより何の用ですか。櫻井さんにフラれたの?』
「…付き合い長いと、便利だねぇ。説明しなくても分かってもらえる」
『…で?』
「オレ、どうしたらいい? 今から翔のマンション行って、待ってていいと思う?」
ハイヤーは、翔の家の前に止めたままだ。
翔が戻ってこないか期待したが、そんな気配はない。
『そんなこと、自分で考えなさいよ。ストーカー紛いは、裏目に出ますよ』
そう言うと、二宮は一方的に通話を切った。
—
♠︎
「ケンカした時は、ちゃんと話し合わないと、長く付き合っていけないわよ」
「…なんの話?」
母さんの、俺を非難するような表情に、思い当たる節が無く、戸惑う。
「大野さん、『話がある』 って言ってるのに、あなたったら、あんな態度で失礼じゃない?」
「え、」
「インターホンのマイクが、ずっとオンだったわ。カメラも」
「ええっ、」 まじかよ!
「お友達なんでしょ。今からでも遅くないわ。ちゃんと、」
内心、焦りながら、なんとか誤魔化す方法を考える。
俺、なにかまずいこと言ってなかったか?
「立ち聞きなんて、」
「聞こえちゃったんだもの。それより、まだきっと外にいるわよ。謝ってきなさい」
「母さんに、関係ないだろ」
「息子の幸せは、母の幸せなの」
「…だから、なんの話だよ」 また訳の分からないことを…。
「じゃ、お母さんが、行ってこよっと」
「は?」
「夕飯、食べてってもらうわ」
「勝手なことするなよ」
「なんでよ。私は大野さんとはもうお
友達だもの。私のゲストとして招待するわ」
そう言うと、母さんは自分のスマホを手に取った。
「あ、大野さん? 櫻井の母です。ええ、先程は失礼しました」
「なんで母さんが、大野さんの番号知ってんだよっ?」
「お友達になったって言ったでしょ」
母さんは、スマホケースから名刺を取り出すと、ヒラヒラさせて得意顔だ。
智のプライベート用の名刺だと分かる。
「分かったよ、俺が自分で話してくるから」
今、智と母さんを会わすわけにはいかない。
心の準備ってものがあるし、そもそも、なんて言い訳するんだ…。
表に出ると、ハイヤーがまだ止まっているのが見えた。
後部座席のドアを開ける運転手に、「すぐ終わるから、」 と、発進はしないよう伝えて、乗り込む。
「なんか、翔の母ちゃんが飯食ってけって」
手にしたスマホを指して、智が笑う。
「翔が味噌汁作ったって?」
「…作ってないよ」
「なんだ、初めての手料理かと思ったのに」
「…母さんが電話してごめん。
勘違いしてるんだよ、いいから、気にしないで、帰って」
「やだよ」
「は?」
「せっかく、翔の母ちゃんがチャンスくれたのに」
「智、」
「オレも腹減った。翔の母ちゃんの飯、旨そうだな」
呑気に笑う智に、腹が立った。
「…父さんも弟も帰ってくるんだよ」
「オレのこと、紹介できない?」
「…できないよ」 なんて紹介するんだよ。 「いいから、帰って」
「さっきのこと、怒ってるなら、あれは、…あいつに、翔のことを知られたくなかったんだ」
そんなこと、わざわざ言われなくたって、分かってる。
俺がいたんじゃ、迷惑ってことなんだろ。
「…恋人、だったの?」
智が息を呑んだのが分かった。
やっぱり、だ。
「お似合いだった」
「え、」
「俺なんかより、智は、ああいう人が似合うよ」
そうだよ、これが答えだ。
俺だって分かっている。
「なに、言ってんだよ」
「離して」
掴まれた腕は、びくともしない。
「離さない」
恐いくらいに睨みつけられて、俺は動けなくなった。
(続きます)
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